こんにちわ。八木と申します。
公式な自己紹介はプロフィールを見ていただくこととして、今日は、私のおいたちをご紹介します。
◆幼少時代◆
昭和32年4月1日、霧の都 亀岡市(タイトル写真)で生まれる。7つ上の兄と2つ上の姉がいて私が末っ子。年齢が近いこともあり、いつも姉の後ろをついて回っていた。姉が日本舞踊を習っていたので、一緒についていって、頭に手拭いを載せて踊っている写真が残っている。
◆小学校時代◆
小学校1年の通信簿に「落ちつきすぎている」という記載が。そんな小学生いるか???
6年生の時は、なぜか児童会長に選ばれて、1968年の十勝沖地震の時は、募金活動をして京都新聞社に持って行ったことも。5年生のころから腹痛と下血があったが、病名はわからず。
◆中学校時代◆
思春期真っ盛りで、女の子と全く話ができなかった。無口な3年間。
◆高校時代◆
軽音楽部に入ってフォークソングに没頭の3年間。2年生の冬に潰瘍性大腸炎という難病が見つかり、時期が時期だけに大きなショックを受けた。4ヶ月の入院で大学の現役合格はあきらめたが、先生の薦めで関学理学部の推薦入試にチャレンジ。あえなく不合格となり、その悔しさをばねに、2ヶ月間の必死の受験勉強でリベンジを果たす。
◆大学時代◆
フォークからクラシックへ転向、2回生の時にクラシックギター部へ入部。西宮球場(今はない)のチケット売り場のところで夜な夜な練習していたのがいい思い出。3回生、指揮者の体調不良の関係で、厚生年金会館中ホールでの定期演奏会、ソロの大役が私に。穴をあけられないプレッシャーからか病状が悪化。病院にも行けず演奏会が終わったらすぐに入院する悲壮な覚悟で当日を迎えたが、現金なもので演奏会が終わったら急速に回復。やはりプレッシャーに弱い??
ここに勉強の話は一切でてこず。そのせいか、好きでもないのに5年間通う羽目になった。
◆京都市役所時代
下京区役所納税課整理係に配属。いきなり、下京区の暴力団と高額滞納者の担当になる。相変わらずプレッシャーに弱く休職。馘はかろうじて免れ、6年後には差押手続きのオーソリティに。その後も入退院を繰り返しつつ、右京福祉事務所に異動。病弱の私を敢えて引きぬいてくれた中川係長(当時)に感謝、感謝。彼女曰く「体の弱い八木君だから、弱い立場の人の気持ちがわかるはず」。あんな人に私はなりたい。35歳の時に京都市役所を円満退職。その後北居設計(現キタイ設計)にお世話になり、現在に至る。
次回は、自己紹介(趣味編)です。